一郎の本棚
感想

『三日間の幸福』で知られた著者の新作ということで、期待半分、不安半分で手に取った一冊です。その不安は杞憂でした。 序盤から引き込まれます。架空の記憶を植えつけられた主人公という設定だけで十分奇想天外なのに、そこから紡ぎ出される物語がこんなにも切実で、こんなにも自分事に感じられるとは。実在しない幼馴染との出会いというパラドックスが、むしろ二人の関係をより一層浮き彫りにしているんです。 新社会人として働いていると、記憶や認識の不確かさについて考えさせられることが増えました。この本はそうした不安定さを丁寧に拾い上げながら、それでも誰かと繋がりたいという欲求の根源に迫っていくような深さがあります。恋愛小説としての面白さはもちろん、存在の本質について問いかける哲学性も兼ね備えている。 文庫化で手に取りやすくなったのは嬉しいところです。ただし、複雑な話題を扱っているので、いくつか読み返すべき箇所があるかもしれません。それでも、そうした読み応えこそが、この作品の価値だと思います。

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